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#2 相打ちでしたの!

last update Last Updated: 2025-06-29 11:00:00

「もう覚悟を決めるしかないですわね……王国の剣、ルミナリア辺境伯家が長女!アビゲイル=ルミナリア!推して参りますわ!」

その後の戦いは観戦者がいないのが残念なほど白熱し、そして美しかった。もっとも、大抵のものは戦闘の余波でその命を散らすことになるのだが。龍は攻撃方法こそ大雑把なものの極めて高い知能を持った種族である。その龍との高度な読み合い。鮮やかなフェイント。まるで約束組手のように噛み合う動き。

一見アビゲイルが優勢にも見えるが彼女は集中を切らして少しでもミスをして攻撃を喰らえれば良くて致命傷、最悪即死。一方龍はもし攻撃が当たっても即死は疎か致命傷にはならない。

だが、彼女の一撃一撃は致命傷とはならなくとも確実にダメージを蓄積させていた。龍にあと一撃でもまともに喰らわせることが出来ればそのまま致命傷まで持って行けるだろう。

この静かで激しい戦いの結末は唐突に訪れた。ギアを一段階あげた彼女が龍の攻撃を潜り抜け龍の逆鱗に渾身の一撃を叩き込んだのだ。

そこから傷口を広げようとしたところで龍の尾によって彼女の身体を吹き飛ばされた。相打ちにするために最期の力を振り絞っていたのか龍はそこで力尽き、動かなくなった。

結果的に最期まで生きていたのはアビゲイルだった。しかし龍に吹き飛ばされた彼女も無事とは言い難い。助骨が折れて内蔵に刺さってしまっていた。

なけなしの魔力でどうにか生命活動を維持してはいるものの短時間の延命に過ぎない。それでも彼女は満足であった。最期に故郷の愛すべき住民たちを救えたのだから。

ただ……少しの心残りがある。それはルミナリア領のこれからのこと。だがそれに関しては自らの兄妹たちを信じて託すことにする。あとは自らの力に奢り、強さの追求を怠った自らの甘さを恥じるのみある。

わたくしもそろそろ逝くみたいですわね。お父様、お母様。先に逝く親不孝者なわたくしをお許しください。

この日、この国最強の剣士がこの世を去った。このニュースは瞬く間に国中、そして大陸中に広まることになる。剣姫アビゲイルの名は彼女の最大にして最期の偉業、龍殺しと共に長く語り継がれることになるだろう。

歴史上、竜を討伐した者はいる。しかし、龍を討伐した者となると伝説の英傑たちだけである。剣姫アビゲイルもまたその英傑たちの中に数えられることになるだろう。

◇◇

「あれ?わたくしはなんで倒れて……」

『アビーちゃん!良かった……目が覚めたのね!大丈夫?どこか痛いところとかない?気持ち悪くない?』

「お母様、そんなに取り乱してどうしたんですの?」

『どうしたんですの?じゃないですわ!あなたが急に倒れてから三日も意識が戻らなかったんですのよ!お医者様も原因が分からないっておっしゃいますし……それをそんなに取り乱してどうしたんですの?とか言うのはこの口かしら?』

「いひゃい!いひゃいでひゅわ!」

『ひとまずこれくらいで許して差し上げますわ。』

「それは……その……ご心配おかけ致しましたわ。」

『わかればいいんですのよ、わかれば。で、気持ち悪かったり痛かったりは大丈夫なんですの?』

「それに関しては問題ないですわ。この通り元気いっぱいで────"ズキンッ"」

ここは、私の寝室のベッド?おかしい。わたくしは確かにあの場所で死んだはず……。わたくしの身体のことはわたくしが一番わかっていますもの。

「うっ……ア゙ァァァァァウグゥゥゥゥゥ!!」

わたくしが助かるなんてありえないですわ!あの傷を治すなら教皇クラスを呼んで神降ろしでもしないと無理ですし。あら、記憶よりお母様が若いですわね。まさか、過去?

『アビー!?アビー!』

「ア゙ァァァァァァッはぁはぁはぁ……ちょっとこれは聞いてないですわよ。」

死んだと思ったら過去に戻ってて死ぬんじゃないかというくらいの頭痛に苛まれる。わたくしが何をしたっていうんですの!?あぁもうよくわかんないですわ。なんだかとっても眠たいですし、起きてから考えればいいですわよね。

『アビー?大丈夫なの?ひとまず今日はゆっくり休みなさい?』

「すぅ……すぅ……すぅ……」

『私が言うまでもなかったわね。おやすみ、アビー……』

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