LOGIN「もう覚悟を決めるしかないですわね……王国の剣、ルミナリア辺境伯家が長女!アビゲイル=ルミナリア!推して参りますわ!」
その後の戦いは観戦者がいないのが残念なほど白熱し、そして美しかった。もっとも、大抵のものは戦闘の余波でその命を散らすことになるのだが。龍は攻撃方法こそ大雑把なものの極めて高い知能を持った種族である。その龍との高度な読み合い。鮮やかなフェイント。まるで約束組手のように噛み合う動き。 一見アビゲイルが優勢にも見えるが彼女は集中を切らして少しでもミスをして攻撃を喰らえれば良くて致命傷、最悪即死。一方龍はもし攻撃が当たっても即死は疎か致命傷にはならない。 だが、彼女の一撃一撃は致命傷とはならなくとも確実にダメージを蓄積させていた。龍にあと一撃でもまともに喰らわせることが出来ればそのまま致命傷まで持って行けるだろう。 この静かで激しい戦いの結末は唐突に訪れた。ギアを一段階あげた彼女が龍の攻撃を潜り抜け龍の逆鱗に渾身の一撃を叩き込んだのだ。 そこから傷口を広げようとしたところで龍の尾によって彼女の身体を吹き飛ばされた。相打ちにするために最期の力を振り絞っていたのか龍はそこで力尽き、動かなくなった。 結果的に最期まで生きていたのはアビゲイルだった。しかし龍に吹き飛ばされた彼女も無事とは言い難い。助骨が折れて内蔵に刺さってしまっていた。 なけなしの魔力でどうにか生命活動を維持してはいるものの短時間の延命に過ぎない。それでも彼女は満足であった。最期に故郷の愛すべき住民たちを救えたのだから。 ただ……少しの心残りがある。それはルミナリア領のこれからのこと。だがそれに関しては自らの兄妹たちを信じて託すことにする。あとは自らの力に奢り、強さの追求を怠った自らの甘さを恥じるのみある。 わたくしもそろそろ逝くみたいですわね。お父様、お母様。先に逝く親不孝者なわたくしをお許しください。 この日、この国最強の剣士がこの世を去った。このニュースは瞬く間に国中、そして大陸中に広まることになる。剣姫アビゲイルの名は彼女の最大にして最期の偉業、龍殺しと共に長く語り継がれることになるだろう。 歴史上、竜を討伐した者はいる。しかし、龍を討伐した者となると伝説の英傑たちだけである。剣姫アビゲイルもまたその英傑たちの中に数えられることになるだろう。 ◇◇ 「あれ?わたくしはなんで倒れて……」 『アビーちゃん!良かった……目が覚めたのね!大丈夫?どこか痛いところとかない?気持ち悪くない?』 「お母様、そんなに取り乱してどうしたんですの?」 『どうしたんですの?じゃないですわ!あなたが急に倒れてから三日も意識が戻らなかったんですのよ!お医者様も原因が分からないっておっしゃいますし……それをそんなに取り乱してどうしたんですの?とか言うのはこの口かしら?』 「いひゃい!いひゃいでひゅわ!」 『ひとまずこれくらいで許して差し上げますわ。』 「それは……その……ご心配おかけ致しましたわ。」 『わかればいいんですのよ、わかれば。で、気持ち悪かったり痛かったりは大丈夫なんですの?』 「それに関しては問題ないですわ。この通り元気いっぱいで────"ズキンッ"」 ここは、私の寝室のベッド?おかしい。わたくしは確かにあの場所で死んだはず……。わたくしの身体のことはわたくしが一番わかっていますもの。 「うっ……ア゙ァァァァァウグゥゥゥゥゥ!!」 わたくしが助かるなんてありえないですわ!あの傷を治すなら教皇クラスを呼んで神降ろしでもしないと無理ですし。あら、記憶よりお母様が若いですわね。まさか、過去? 『アビー!?アビー!』 「ア゙ァァァァァァッはぁはぁはぁ……ちょっとこれは聞いてないですわよ。」 死んだと思ったら過去に戻ってて死ぬんじゃないかというくらいの頭痛に苛まれる。わたくしが何をしたっていうんですの!?あぁもうよくわかんないですわ。なんだかとっても眠たいですし、起きてから考えればいいですわよね。 『アビー?大丈夫なの?ひとまず今日はゆっくり休みなさい?』 「すぅ……すぅ……すぅ……」 『私が言うまでもなかったわね。おやすみ、アビー……』「お母様お母様!ペットを捕まえて来ました!名前は|栄養バー《リーゲル》です!」「まぁ、なんて愛らしい子なんでしょう。ところでアビーちゃん?」 何か変なものでも受信したのでしょうか。名前を聞いた瞬間顔色が変わりましたわね。まぁお母様はこういう方なので気にはしませんけれど。「はい、なんでしょう。」「その白い狐さんの名前のことで一つ聞きたいことがあるの。――何か変なニュアンスはなぁい?」 何か妙なことを突然言いますわねお母様。でもこれと言って心当たりはないんですわよね。「特に何もありませんわよ?しいて言えば遠い異国の言葉らしいんですけれど意味はよく分かりませんでしたの。でも語感が良かったので採用してみましたわ!この子に相応しい名前はリーゲルの他にないと断言できますわ!なんせわたくしが考えましたもの!」「そう、ならいいわ。ところでその子はうちで飼うのかしら?」「はい、そのつもりですわ!狩人は狩りをする時に飼い慣らした獣を使って獲物を誘導すると聞いたことがありますし、きっとリーゲルはわたくしの良きパートナーになってくれますわ!」「魔物といえど生き物は生き物、その生き物を飼うというのならそれなりの覚悟が必要よ。それは分かっているの?」 ふっふっふ……お母様はわたくしを誰だと思っているんですの?わたくしはモフモフマイスター(自称)ですのよ!それくらい承知の上ですわ!「もちろんですわ!全力で可愛がるつもりですもの!」
無事帰宅ですわ!まぁ日帰りで行ける範囲なんてたかが知れてますし無事もクソもねぇんですけどね。おっと、クソだなんてお下品な言葉を使ってしまいましたわ!こんな調子ではおばs……じゃなくてお年を召した方に怒られてしまいますわね。オホホホホホっ!「あ、そうそう!一応家族が増えるわけですしお父様……に言っても仕方ないですしお母様に報告しておきましょうか。こんなにもモフモフでプリティな狐さんですけれど一応分類上は魔物ですし"チェストォォォォォォォォォォ!!!"されない為にみんなへの紹介もしないとですわね。」 あらあら、可哀想な狐さん。こんなに震えちゃっていますわ。大丈夫ですので安心してください。わたくしがちゃーんとうっかり食べちゃわないように言い含めますわ。「あ、そうですわ!」 家族になるんですもの!名前を付けないとですわね。わたくしったらうっかりしてました。そうですわねぇ……リーゲルなんてどうでしょう!響きも悪くないですしね!たしか遠い異国の……なんてしたっけゲルマン?とかいうところの言葉らしいですけれど詳しくはよく分かりませんわ。 まぁそんなのはどうでもいいですわよね!こういうのは勢いとパッションと語感が命ですもの!我ながらネーミングセンスが冴え渡ってますわね!さすがわたくし!「おいでリーゲルちゃん!さぁ、行きますわよ!」※【独】Riegel(リーゲル):栄養バー
そいつは私に獲物を与えたきた。でも……魔物食べるの身体に悪いし、別にいらないんだよね私。あ、あのぉ……ほんと大丈夫なんで出来ればそのまま回れ右してお帰りいただけると幸いです。はい!「クゥーン……」 いや、でも今これを食べなきゃ殺られるかもしれないっていうのも考慮しなきゃだよね。いやでも、うーん……「クゥーン……」 いつこいつの堪忍袋の緒が切れて襲いかかってくるかも分からないしそろそろ覚悟決めなきゃだよね。いや、でもなぁ……「クゥーン……」「――"わたくしも困ってしまいますわね。"」「キュッ!?」 やばい!殺られる!た、食べます!食べますから!許してくださいご主人様!!「――――――"これ"も念の為試しておくべきですわね。はいどうぞですわ。」 おにい……ちゃん?「キャン!!キャン!!キャン!!」 え?なんで!お兄ちゃん!目を覚ましてよお兄ちゃん!ねぇってば!なんで目を覚ましてくれないの?ねぇ!ねぇ!そんな……いつものイタズラだよね?そうだよね?だってお兄ちゃんかくれんぼ上手だったじゃん!そりゃ正面から戦ったら私が勝つけどさ!『やっぱり強いな――は。お前自慢の妹だな。でもまだ俺も負けてやるわけにはいかないんだよね。だって俺は――のお兄ちゃんだからさ。』『いや〜ついに負けちゃったかぁ。強くなったな――。お前より弱い俺じゃ頼りないかもしれないけどさ、なにかあったらいつでもお兄ちゃんのことを頼ってくれよな。なにがあっても駆けつけてみせるから。』『お前なら一人でもやれるよ。母さんはああ言ってるけどさ、なんだかんだお前のことは認めてるから大丈夫。あとのことはお兄ちゃんに任せとけって!愛してるぞ、俺の自慢の妹。』 なにがあっても駆けつけてくれるって。いつでも頼れって。お兄ちゃんが死んじゃったら頼れないじゃんか……。「喜んでもらえてよかったですわ!どうぞ遠慮しないで食べてくださいまし!」 ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!
「あら?わたくしは何しにこの森に来たんでしたっけ。まぁ、何はともあれ狩りはそれなりにしましたしこの辺で一旦終わりにしましょう。お腹も空いできましたし親交を深めるためにも食事にしましょうか。東方の島国には"同じ釜の飯を食う"なんて言葉もあるらしいですしね。それはそうとこの狐さんは何が好みなんでしょう。これとかはどうですの?」 「クゥーン……」 豚さんはダメみたいですわね。 「じゃあ……これは?」 「クゥーン……」 トカゲさんもダメですか……。 「これなんかどうですの?」 「クゥーン……」 鳥もダメですのね。 「あなた、以外と食の好みがありますのね。わたくし、野生で生き延びるためにもっとなんでもがっつくのを勝手にイメージしてましたわ。うーん……ここまで全滅となるとさすがのわたくしも困ってしまいますわね。」 「キュッ!?」 「急にがっつき始めましたけれどどうしたんですの!?別に好き嫌いしたからって捨てたりはしないから安心して欲しいですわ!わたくし、アビゲイルを甘く見ないでくださる?そうは言ったものの手持ちにあるのはだいたいが同系統の上位種と下位種ですし……。となると最初に候補から外していた"これ"も念の為試しておくべきですわね。はいどうぞですわ。」 「キャン!!キャン!!キャン!!」 「喜んでもらえてよかったですわ!どうぞ遠慮しないで食べてくださいまし!」 まさか狐の魔物が当たりだなんて思いませんでしたわ。
※以下狐語訳です。 ふんふふんふふーん♪今日もいい天気だなぁ〜♪なんだか最近やけに駄竜が少ない気がするし最高だね!」 駄竜ってなんて言うかヤンキーみたいな感じでさ、いちいち難癖つけて攻撃してくるからクソウザイんだよね。ん?なんか……嫌な予感がする。具体的には昔イタズラがバレて母ちゃんをガチギレされた時くらいの嫌な予感が。 まさか……抜き打ちチェック?嫌でも前回うちに来て生活状況確認された時から2ヶ月しか経ってないのにそんなわけないか。じゃあなに?まさかの存在を脅かすほどの格を持つものがこの森に入ってきたってこと?いや、それこそありえない。ありえない……よね?◇◇ い、いやぁぁぁぁぁぁああ!!!ば、化け物ぉぉぉぉぉぉ!!!悪寒の正体はこれぇ!?ていうかえ?人型!?人型になれるってことは知能も高いってことでしょ?脳筋ならまだしも知能高いとか終わったわ。あぁ死んだ。もう死んだ。来世は長生きできるといいなぁ。「はうっ!あんなところに可愛らしいモフモフさんが!しかもそのモフモフが白銀の毛の狐さんとはわたくしスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルついてますわね!これで勝つるですわ!」 これは……一応人語みたいだけど何言ってるのか全然理解できないよぉ!怖いよぉ!単語はわかるのに文章が意味不明すぎるよぉ!なにこれ隠語? 「さぁ〜おいで〜怖くないですわよ〜?」 いや、怖いよ!怖いに決まってるよ!母ちゃん助けて!もうわがまま言わないからぁ!あぁもうヤダおうち帰るー!ママァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!
「モフモフ〜♪モフモフモッフモフ〜♪わたくし〜のあいぼ〜うはどっこにいる〜♪可愛い可愛いわたくし〜のモフモフさ〜ん♪わたくし〜はここよ〜出ておいで〜♪」【モッフモフ第6番『相棒』-第2楽章 作詞作曲 アビゲイル=ルミナリア 】より そんなこんなで森を散策すること二時間。一向に見つからないモフモフ。性懲りもなく突撃してくる|駄竜《バカ》共。なんなんこいつら!さっさとピーねよ!てかわたくしについてる血で同じバカ共の末路を理解できねぇのか?あぁん?おっと失礼致しました。つい美しくない言葉を使ってしまいましたけれど、普段はこんなんじゃありませわ!本当ですわよ!チッ……全部全部あの駄竜が悪いんですわ!モフモフA『何あの化け物!竜を何体仕留めればあそこまで濃い竜の匂いが付くのさ!逃げなきゃ殺られる!逃げなきゃ殺られる!』モフモフB『あ、やばい僕死んだ。お父さんお母さん、先立つ親不孝者な僕をお許しください。』モフモフC『……………………………………………………………………………………オジャマシマシタ。』 上位の魔物の血は魔物除けの結界に使うとも聞きますし、駄竜の血の影響でしょうか。やっぱりあのバカ共のせいでしたか。あとで根絶やしにしないとですわね。余計な予定を増やすだなんてあの駄竜共サイテーですわ! 「はうっ!あんなところに可愛らしいモフモフさんが!しかもそのモフモフが白銀の毛の狐さんとはわたくしスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルついてますわね!これで勝つるですわ!」"プルプルプルプルッ"「さぁ〜おいで〜怖くないですわよ〜?」"プルプルプルプルッ"『修羅が……修羅がいるよォ……私美味しくないからぁー!私食べても美味しくないから殺さないで〜!』「ほーらわたくし特製の干し肉ですわよ?食べたいでしょう?」"プルプルプルプルッ"『あ、私は今日死ぬんだ。あの方優しいな、今から殺す相手に慈悲として最後の晩餐を用意してくださるなんて……アハハハハハッ!』「ほーらおいでー!」 "プルプルプルプルッ"『イィィィィィィィィヤァァァァァァァァ!!!!』